最高裁判所第三小法廷 昭和62年(行ツ)142号 判決 1988年7月19日
上告人
宮城弘子
上告人
鈴木多江
上告人
宇田富江
右三名訴訟代理人弁護士
渋田幹雄
被上告人
浜松税務署長
金原春三
被上告人
小牧税務署長
遊井滋
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人渋田幹雄の上告理由について
上告人らに訴外宮城俊介の合計二六〇〇万円の債務の履行を引き受けさせた本件土地所有権(共有持分)移転契約は負担付贈与契約に当たるところ、所得税法六〇条一項一号にいう「贈与」には贈与者に経済的な利益を生じさせる負担付贈与を含まないと解するのを相当とし、かつ、右土地所有権(共有持分)移転契約は同項二号の譲渡に当たらないから、上告人らの昭和五二年分の譲渡所得については、同項が適用されず、結局、租税特別措置法(昭和五五年法律第九号による改正前のもの)三二条所定の短期譲渡所得の課税の特例が適用されるとして、本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分に違法はないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び説示に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張も失当である。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己)
上告代理人渋田幹雄の上告理由
一、はじめに
本件の争点は贈与によつて取得した土地をのちに売却した上告人らに対し、贈与者の保有期間を引継いで取得時期を算定すべきかどうか、即ち長期譲渡に該当するのか、短期譲渡になるのかという点にある。
所得税法六〇条第一項第一号は「贈与、相続(限定承認に係るものを除く)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く)により取得した資産を譲渡した場合における譲渡所得の金額の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなす」と定めている。このように明文において贈与によつて取得した資産については前所有者からの取得時期の引き継ぎを認めているのであるから、一般人の理解としてはこれに従つて経済取引を行うのは当然である。
租税法律主義はこのことを保障しているものというべきである。
条文の文言に拘らず、課税当局や裁判所の解釈によつてその例外を創設することは租税法律主義に反するものといわねばならない。このようなことが許されるならば法的安定性は害され、予測しがたい負担を強いられることになり、取引の安定性もそこなわれることになる。
仮に六〇条一項一号の贈与には負担付贈与を含まないとするならば、そのように明文をもつて表示しなければならない。相続や遺贈については同条同項同号において、前記の如く「限定承認に係るものを除く」とか「包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く」というように例外を明示してある。贈与については、このような例外を明示していないのである。
してみれば、六〇条一項一号にいう贈与にはすべての贈与が含まれるというべきである。原判決及び一審判決は上告人らの譲渡所得について、短期譲渡による重税を課すため、その目的により無理な解釈を展開し、明文に反してまで「贈与者に、経済的利益をもたらす負担付贈与は六〇条一項一号にいう贈与には含まれないと解すべきである」とこじつけているのである。
このようなことは一般国民の予想しないところであり、明文をよりどころとして経済取引を行う人々に不測の負担を強いるものである。
上告人らはその受贈にあたつて贈与税の申告をなし、受贈財産の譲渡にあたつては法令にしたがい譲渡所得の申告、納税を完了しているものであつて決して租税回避行為を行つたのではない。
即ち、納税額として弘子は金一七九三万二一〇〇円、多江は金一四一一万七九〇〇円、富江は金一四一一万九〇〇〇円をそれぞれ申告し納付しているものである。
申告後約二年を経過して昭和五五年一月に至り、上告人らに対して短期譲渡にあたるということにより本件更正処分がなされたものである。これは全く予想もしなかつたことであり、そのショックは言語を絶するものがある。
一審判決及び原判決はつぎにのべるように憲法違反及び法令解釈の誤りがある。この誤りは著しく正義に反するものであるから破棄されなければならない。
第一点、憲法違反
一、原判決は憲法第八四条に定める租税法律主義に違反している。そして納税の義務を定めた憲法第三〇条、国民に基本的人権を保障した憲法第一一条、一二条、一三条にも違反している。
(1) 日本国憲法は行政権が恣意的に国民に対して課税しないよう、課税要件を法律で定めるよう求めている。
仙台高裁秋田支部、昭和五七年七月二三日判決はつぎのようにのべている(判例時報一〇五二号三頁以下、判例タイムズ四八七号一一三頁以下)。
「思うにいわゆる租税法律主義とは行政権が法律に基づかずに租税を賦課徴収することはできないとすることにより行政権による恣意的な課税から国民を保護するための原則であつて、憲法八四条の「あらたに租税を課し又は現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件によることを必要とする」との規定は、このことを明らかにしたものと解される。……そして租税法律主義は行政権の恣意的課税を排するという目的からして当然に課税要件のすべてと租税の賦課徴収手続は法律によつて規定されなければならないという課税要件法定主義とその法律における課税要件の定めはできるだけ一義的に明確でなければならないという課税要件明確主義とを内包するものというべきである」。
(2) 又、憲法第三〇条は「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う」と定めており法律に明記されていない限り納税の義務はない。
このようにして、現行憲法において、国民は課税庁との関係において明文化された租税法によつてのみ課税がなされることにより、その基本的人権が保障されているのである。憲法第一三条において「すべて国民は個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする」旨定めていること、憲法一一条が「基本的人権の永久不可侵性を宣言し、一二条において自由、権利の保持の責任を定めたことにてらしても国民が租税法律主義によつて、その営業や生活を守ることは権利であるとともに義務でもある。
二、ところで本件上告人らに対する被上告人の更正、課税処分は後記のとおり法令に違背し、ひいては租税法律主義に違反するとともに前記各憲法の条項にも違反する違憲な処分であり、これを是認した原判決も憲法に違反するものである。
第二点、法令違反
(1) 所得税法第六〇条第一項の趣旨
法六〇条一項は居住者が①山林所得若しくは雑所得の基因となる山林又は、②譲渡所得の基因となる資産を贈与、相続(限定承認に係るものを除く)若しくは遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く)により又は時価の二分の一未満の対価でかつ取得費及び譲渡費用の合計額未満の対価で取得したものを譲渡した場合、その譲渡による事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額を計算するときの取得価額、取得の時期は贈与者、被相続人又は低額譲渡者の取得価額、取得時期を引き継ぎ受贈者、相続人又は低額譲受者が贈与者等前所有者の所有期間も含めて引き続き所有していたものとみなされる。
すなわち贈与、相続等により資産を取得した場合において、みなし譲渡課税の適用を受けなかつた資産については取得価額の引継ぎの方法によつて、受贈者、相続人又は低額譲受人がその資産を譲渡した段階で贈与者、被相続人等の前所有者の所有期間中のキャピタル・ゲインも含めて課税を行うというものである(添付資料コンメンタール法六〇条四三一四〜四三一五頁注釈)。
(2) 本件は所得税法第六〇条第一項第一号に該当する。
これを本件にあてはめれば、上告人ら三名は俊介から贈与により土地を取得したものであるところ、その取得土地を競艇企業団に売却したのであるから右にいうところの贈与によつて資産を取得し、その資産を譲渡して譲渡所得の金額を計算するについては贈与者の取得価額、取得時期を引継ぎ、贈与者である俊介の所有期間も含めて引き続き所有していたものとみなされるのである。
これが条文を忠実に解釈した場合の正しい解答であり、一般人の理解に合致するところである。
原判決もいうように負担付贈与も贈与であつて無償行為であり、評価額が上告人らの負担する俊介の債務にほぼ見合つているとしても、これをもつて負担付贈与であることは否定できないのである(原判決七枚表)。民法第五四九条は「贈与は当事者の一方が自己の財産を無償にて相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾を為すに因りて其効力を生ず」と定めている。この贈与の中には単純贈与と負担付贈与が含まれるのであるから贈与の中から負担付贈与を除外することは我国の法律を正しく解釈することにはならず、誤つた解釈であるといわねばならない。
所得税法において、贈与という文言が使用されている条文は九条二〇号、二二号、四〇条、五九条、六〇条であるが、いずれも同義語であつて、負担付贈与を除外する規定はない。
そして相続税基本通達においては九―一一、一一の二―七、二一の二―四において、負担付贈与に関する規定をおいているが、これらの場合は明文をもつて単純贈与と異なる表示をしており、その要件も明確に定められている。
このように相続税法においては単純贈与と負担付贈与を区別するときは、その旨明文をもつて表示されているのであるから、所得税法においても明文に反する解釈は許されないのである。
したがつて法六〇条一項の解釈にあたり原判決のいうような例外を設定することは許されず、文字どおり贈与によつて取得した資産の譲渡については贈与者の取得時期、取得価額を引きつぐというべきである。立法論はとも角として、現行法の解釈にあたつてはかく解さない限り課税要件は不明確となり、租税法定主義即ち課税要件明確主義に反することとなる。
(3) 六〇条一項の解釈に関する原判決の誤り
原判決八枚目裏によると「負担付贈与においては贈与者に同法三六条一項に定める収入すべき金額等の経済的利益が存する場合があり、この場合において同法五九条二項に該当しないときはその経済的利益に対して譲渡所得課税がされることになるのであるから課税時期の繰り延べが認められないことは明らかである。そこで六〇条一項一号の「贈与」とは単純贈与と贈与者に経済的利益を生じない負担付贈与をいうものといわざるをえない」としている。
しかし右は論理の飛躍もはなはだしいものである。
まず、負担付贈与によつて贈与者に何らかの経済的利益があつたとしてもそれが譲渡所得として課税されるものとはいえない。負担付贈与は無償行為であるから、贈与者は受贈者に一定の資産を贈与し、一方受贈者は贈与者又は第三者にその負担に相当する経済的利益を贈与するのであり、いずれも贈与による無償行為として取り扱うべきものである。
相続税基本通達九―一一によれば「負担付贈与又は負担付遺贈があつた場合において当該負担額が第三者の利益に帰すときは、当該第三者が当該負担額に相当する金額を贈与又は遺贈によつて取得したこととなる」と規定している。右の通達との対比でみれば「当該負担額が贈与者の利益に帰すときは当該贈与者が当該負担額に相当する金額を贈与により取得したこととなる」のは当然であり、このことは相続税法第八条によつて明確に定められている。
本件のように贈与者の負担している債務を受贈者が弁済することを付款として土地を贈与し受贈者がその弁済をしたときは相続税法第八条に定める「対価を払わないで債務の弁済による利益を受けた場合においては当該債務の金額に相当する金額を贈与により取得したものとみなされる」のである。これは負担付贈与も無償行為である以上当然の帰結である。「対価を払わないで」という点については、本件における一、二審判決がいずれも本件土地の贈与と債務の負担が対価関係に立たないとしている以上何ら問題はない。
してみると本件においては俊介の上告人らへの土地の贈与と、上告人らの俊介に対する代位弁済による贈与があつたにすぎず、土地の譲渡に関連して俊介に譲渡所得が課税される余地はない。
したがつて俊介に譲渡所得課税がされるから上告人らに課税時期の繰り延べは認められないとした原判決は誤つている。
このように解さないと、前記の第三者の債務を負担することを付した負担付贈与の場合の課税体系と、贈与者の債務を負担することを付した負担付贈与の課税体系が別々となり、不公平が生ずることはあきらかである。これを統一的に理解するにはその負担たる債務の主体が本人であれ、第三者であれ同一の贈与税の枠内で考えるべきものである。
(4) 原判決の五九条の解釈の誤り
前示のとおり所得税法六〇条一項一号は贈与によつて取得した資産を譲渡したときは、その譲渡所得の金額の計算についてはその取得時期、取得価額を引き継ぐこととされている。六〇条第一項は五九条第一項による「みなし譲渡課税」が行われない場合に受贈者につき前所有者のキャピタルゲインに対する課税を引き継がせるため資産の取得価額及び取得時期を引き継がせることを定めたのである(添付資料コンメンタール六〇条四三一三頁)。五九条一項一号によつて「みなし譲渡課税」の対象となる贈与は法人に対するものに限られており、個人に対する贈与は除外されている。してみれば本件俊介から上告人らに対する贈与は「みなし譲渡」に該当しない。添付にかかるコンメンタール法第五九条注釈5贈与によると「みなし譲渡課税の対象となる贈与とは……資産の法人に対する贈与に限られ」るとして個人に対する贈与は対象にならないとしている。そうすると「みなし譲渡」にあたらない本件贈与は当然贈与者の取得時期を引き継ぐという結論に達する。
原判決は俊介と上告人らの贈与契約により俊介に負担額に相当する収入金額があつたから、譲渡所得課税の対象となり、その場合は課税のくり延べはないというのである。
そしてこの場合であつても五九条二項に該当する場合は譲渡損失も認められない代りに同法六〇条一項二号に該当するものとして譲渡所得課税を受けないが、それ以外は一般原則に従い譲渡所得課税がされることになるから課税の繰り延べが認められないという。
しかし五九条はみなす譲渡を定めた規定であり、同条一項の場合は資産の譲渡があつたものとみなされる場合を定め、同条二項は譲渡損失がなかつたものとみなすことを定めたものである。
したがつて五九条二項により譲渡損失がなかつたものとみなされる場合は勿論、同条一項に該当しない場合も譲渡はなかつたものとみなされるのである。前記のとおり本件は個人間の贈与であつて五九条一項に該当しないことがあきらかであるから、みなす譲渡にはあたらない。
そして、みなし譲渡課税が行われないで贈与により取得した資産の取得価額は受贈者がその資産を引き続き所有していたものとみなされるため、その資産の贈与者の取得時期と取得価額を引き継ぐことになるのである(添付資料コンメンタール法六〇条注釈3四三一五頁)。
負担付贈与において五九条二項にあたる場合だけが六〇条一項の適用を受けるという原判決の解釈は誤つている。
そもそも五九条二項の譲渡損失の規定の存在ならびにその解釈については識者の間で混乱と多くの疑点を投げかけている(添付資料資産税全科参照)。五九条二項は「居住者が譲渡所得の基因となる資産を時価の二分の一未満の価額で個人に譲渡した場合にはみなし譲渡課税の適用はないが、その対価の額がその資産の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上控除する必要経費又は取得費及び譲渡費用のの合計額に満たないとき、すなわち譲渡損失が生ずるときは、その譲渡損失はなかつたものとみなす」というものである(添付資料コンメンタール五九条Ⅱ、四三〇六頁)。損失がなかつたものとみなすという規定であるからには、これはあくまでもマイナスを認めないというだけのことであつて譲渡所得課税の基準にすることはできないというべきである。
いいかえれば五九条二項の場合だけが六〇条一項の適用を受け、それ以外は同条一項の適用を受けないという解釈は誤りである。譲渡損失が生ずるような場合においてはもともと譲渡所得課税を論ずる余地はないのであるからこの場合を引き合いに出すのはナンセンスというべきである。
だからこそ税理士の人々もこの譲渡損失の規定をわざわざ定めた意味について理解に苦しんでいるわけである(前掲添付資料資産税全科)。
(5) 通達解釈の誤り
原判決は所得税基本通達五九―二を念頭において、負担付贈与において贈与者に経済的利益が生ずる場合には譲渡所得課税がなされると解したものと推察される。同通達には「法三六条第一項(収入金額)に規定する金銭以外の物又は権利その他経済的な利益も含まれる」とし、贈与名義であつても五九条一項二号の適用の有無を判定する、と定めている。
しかしこの通達は「法第五九条一項二号に規定する対価」について定めたものであり「法人に対する資産の移転」について適用されるのである。
個人についてはこの通達は適用されない。それにも拘らず、俊介の上告人らに対する負担付贈与により俊介が経済的利益を受けており、それが譲渡所得課税の対象となるとの前提に立ち、原判決は低額譲渡があつたものとみている。
そこで個人間の贈与については五九条一項の適用される余地がないことを明らかにしなければならない。
所得税法五九条一項二号は「著じるしく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対するものに限る)」と定めている。
即ち五九条一項二号は個人に対する低額譲渡を除外しているのである。
所得税法コンメンタール四二九三頁以下(附属書類)に明らかなように五九条は「譲渡所得の基因となる資産が①法人に対する贈与又は遺贈、②法人に対する時価の二分の一未満の対価による譲渡、③個人に対する限定承認にかかる相続又は包括遺贈による移転があつた場合に、その時の時価により譲渡があつたものとみなし、その資産の所有期間中における値上り益(キャピタル・ゲイン)について、その所有者であつた被相続人又は贈与者等に対し所得税を課税するというもの」である。
右のような規定となつた沿革については、右コンメンタールに詳しくのべられている。現行法は昭和四八年法律第八号によつて改正されたものであるが、右改正の前(昭和三七年の改正による)は個人に対する贈与、遺贈(包括遺贈及び相続人に対する遺贈を除く)及び死因贈与(相続人に対する死因贈与を除く)並びに低額譲渡の場合のみなし譲渡課税は、納税者の選択により贈与者等が税務署長に対し「贈与等に関する明細書」を提出し、この適用を受けない旨の申出があつたときは適用されないこととされていた。
四八年の改正はこのみなし譲渡課税の選択制度が①納税者がその不適用を欲しているにかかわらず、その不適用を選択するための要件である明細書の自主的な提出は少なくほとんど税務当局の通知によつて、その提出が行れている状況にあること、②個人間の贈与は親族間で行われるのが通常であり相続の場合と同様に画一的に取得価額引継方式に変更しても取得価額の確認等について特に問題は生じないと認められることから、その選択制度を廃止し強制的な取得価額引継制度に改めたのである。
この結果四八年以降におけるみなし譲渡課税制度はfile_8.jpg法人に対する贈与、file_9.jpg限定承認に係る相続、file_10.jpg法人に対する遺贈、file_11.jpg個人に対する包括遺贈で限定承認に係るもの、file_12.jpg法人に対する低額譲渡の場合に限られることとなつた。
このようなわけで個人に対する贈与については五九条一項二号の適用はできないのである。
(6) 所得税法三六条一項について
原判決は所得税法三六条一項を引用し、「資産の譲渡により譲渡人に生ずる経済的利益については原則として譲渡所得課税の目的となる、」と単純に断定している(一一丁表)。しかし所得税法第三六条一項は収入金額の通則を定めたものであつて、経済的利益があつても課税されない場合であるから、右判断は一面的であるといわねばならない。
例えば①生活に通常必要な家庭用動産の譲渡による所得(所法九①Ⅸ)、②資力を喪失した場合の強制換価手続きなどによる資産の譲渡による所得(所法九①X、所令25の2)。③有価証券の一般的な譲渡による所得(所法九①XI)などの場合は資産の譲渡により譲渡者に収入すべき金額がある場合であるが非課税とされている。
そして所得税法九条第二〇号は個人からの贈与により取得する所得も所得税を課さないのである。
したがつて収入すべき経済的利益があるからといつて直ちに譲渡所得が課税されるわけではない。
この点においてすでに原判決は所得税法の解釈を誤つている。
(7) 有償行為と無償行為の混同について
原判決は「有償譲渡における対価といい、無償譲渡における負担といつても、その区別は多分に当事者の主観によるものであつて、その経済的実質に着目するときは、右にいう「対価」には負担付贈与において贈与者に生ずる経済的利益を含むものと解するのが相当であり、このような経済的利益が資産の値上がりによる増加益の具体化したものというを妨げないものである」としている。
これも又現在の法体系を無視した暴論といわねばならない。
有償譲渡と無償譲渡を単純に同列において論ずることはできない。
有償譲渡についてはその対価の額により税法上も取扱いが異つており無償譲渡については法人に対するものと個人に対するものにより厳格に取扱いが区別されている。
したがつて右にいう「対価」と「負担」を同列におきいずれも譲渡所得課税の対象となるかの如き判断をなすことは厳につつしまなければならない。
このような原判決の考え方を許すならば課税要件は全く無視されて不明確となり何をもつて課税の予測を立てるべきか、国民はその拠りどころを失うことになる。
無償行為は負担があろうとなかろうと、あくまでも無償なのであり「贈与」として取り扱えばよいのである。
(8) 課税要件の不明確について
負担付贈与における負担が贈与者の扶養であつて、受贈者がその扶養義務を負う場合はどうなるのか、という上告人の主張につき原判決は全くふれていない。
このような場合には受贈者は長期にわたり継続して贈与者に経済的利益を提供するのであるが、その課税関係はどのようになるのであろうか。原判決の判示によればこの場合も贈与者に収入すべき金額があることになり、譲渡所得が課税されることになるはずである。
しかし、専門家は「贈与者又はその指定する第三者の扶養、養育、教育などの負担を負うなどは、受贈者の扶養義務の履行などの関連においてそれが負担付贈与かどうかが理解されなければならないことで、父が子に財産を贈与し、子に父の扶養義務を条件とするなどは事情にもよるが、一般的にはそれをもつて負担付贈与ということにはならないであろう」としている(添付資料負担付贈与と譲渡所得課税、税理士桜井四郎)。
そうすると民法上典型的な負担付贈与とされている扶養を条件とする資産の贈与は税法上は負担付贈与とされず、贈与者に譲渡所得の課税は行われないことになる。贈与者に収入すべき経済的利益があつてこれを負担として贈与がなされても譲渡所得課税の対象とはしないというのである。
原判決の論理はここにおいても破綻しているといわねばならない。
本件において俊介が上告人らに対し、自己の扶養を条件とし、一定金額を給付することを付款として本件土地を贈与したとすれば、譲渡所得課税がなされず、銀行の債務を代位弁済することを付款として贈与すると譲渡所得が課税されるというのはどうみても不合理というべきである。しかも原判決はその負担の額の大小を問わないとしているのである。
そして、受贈者がその取得した資産を譲渡したときは全く予想もしなかつた重税を負担することになつてしまうのである。このように負担の種類により課税上不測の結果が生ずるということは負担付贈与を有償譲渡と同一に扱うことによるものであり原判決の解釈の誤りであることを示している。
(9) 取得費からみた六〇条一項の適用について
現行法の体系上贈与と相続は無償によつて資産を取得することから同様に取扱つている。
大津地裁昭和六〇年一月一四日判決は代償分割における取得費について判断しているが右判決は遺産分割の方法である代償分割において授受された「示談金」は取得費に入らない旨判示した。
同判決によれば所得税法六〇条一項の規定の趣旨は同法五九条のそれとは異なり、資産の移転の際にその増加益を、みなし譲渡として清算することをせず、後日有償で譲渡された段階でその増加益を通じて清算することにしたものであるとしている。そして代償分割における示談金は取得費に入らないからその経済的利益の授受があつても所得税法六〇条一項による取得費の引き継ぎがなされることになる。
かくして、代償金たる示談金の交付により資産を取得し、これを売却した場合には前所有者の保有期間が引きつがれ、その取得費も売却代金の五%とされることになつたのである。このように資産の移転に伴つて金銭の交付がなされる場合においても六〇条一項の適用が認められるケースもある。
してみれば原判決の論理は右判決の趣旨からみても誤つているというべきである。
(10) 税負担の不公平について
負担付贈与について長期譲渡が認められないとすると単純贈与と対比して課税上大きな不公平が生ずる。
添付資料宮城弘子の上申書にあるとおり、件外和敬は単純贈与によつて土地を取得し、上告人らは負担付贈与により取得した。
和敬と弘子の譲渡による収入金額は同じである。ところが税額は弘子の方が一、〇〇〇万以上多い結果となる。弘子は俊介の借入金一、〇〇〇万円を負担してこれを弁済しているのである。そのうえに税金を一、〇〇〇万以上多く負担することになる。
同じ価額の土地を受贈した両名なのにその土地を売却した場合の税金がこのように大きく異なるのはどうみても不合理というほかない。
このようなことは一般国民にとつて全く予想外のことである。一般人の理解を得られないような課税は封建時代の年貢と同じく現代の民主的税制のもとでは許されないというべきである。
(11) 実質課税の原則に関する解釈の誤りについて
原判決は一〇丁二行目以下において「租税法の解釈であつても必ずしも法文上の文言のみにとらわれるべきものではなく、当該法条の実質的意義を考察し、その意義に照らして合理的な解釈をすべきものである」とのべている。
右は、いわゆる実質課税の原則をのべたものと解される。しかし、所得税法第一二条にいう実質課税の原則はその文言にあきらかなとおり所得の帰属について定めたものである。
即ち、一二条は「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であつて、その収益を亨受せず、その者以外の者がその収益を亨受する場合にはその収益はこれを亨受する者に帰属するものとしてこの法律の規定を適用する」と定めている。これはあくまでも所得の帰属する主体についてのものであつて、条文の文言にないあらたな課税所得を創出することを認めたものではない。よつて六〇条一項一号の贈与について法文上負担付贈与を除外する旨の規定のない現行法のもとではその文言にもとづき、負担付贈与も含まれると解すべきものである。
条文の「実質的意義」なるものは解釈する主体、即ち課税当局や裁判所により異るものであり、恣意的判断の加わる余地もある。かくては課税要件明確主義に反することとなる。このようなことを防止するために租税法定主義が定められているのである。
(12) 上告人らの譲渡は長期譲渡に該当する。措置法令二〇条一項は長期譲渡の適用される場合を定めている。このことについては添付資料高見上申書にくわしくのべられている。措置法令二〇条一項各号に定める「贈与」のなかにも、負担付贈与を除外する規定はない。そして無償譲渡により取得した土地については前所有者の取得時期が引き継がれることは六〇条一項に定めるとおりであるから、本件の贈与もこれにしたがい、租税特別措置法施行令第二〇条第一項三号により租税特別措置法第三一条第一項の長期譲渡の適用を受けるものである。
(13) 予備的主張を排斥したことについて
原判決は上告人の予備的主張について「負担付贈与も無償譲渡の一種であり、有償譲渡ではないからその前提を誤つている」としている。
これも論理のすり換えというべきである。
上告人は負担付贈与も無償行為であるとしたうえ、仮りに原判決、一審判決にいうように贈与者に経済的利益が生ずる場合があつたとしても、その利益の限度で区分して課税することが合理的であるとのべているわけである。これは一審判決の論理を前提にしてのべたものであり、独自の見解ではない。民法第五五三条は「負担付贈与については本節の規定の外双務契約に関する規定を適用す」と定め、担保責任等につき認めている(五五一条)。相続税法基本通達九―一一、一一の二―七、二一の二―四も負担付贈与について特別の定めを置いている。
このように法律上も負担付贈与については単純贈与と異る取り扱いを定めているのであるから、一つの贈与契約の中に有償部分と無償部分が含まれているとみることも可能であり、合理的でもある。
又、このように解さないとわずかな負担を付しただけで全体の贈与が六〇条一項一号の適用を受けられないという不合理をさけることができないことになる。
原判決にしたがえば十億円相当の物件の贈与にあたり一〇万円の負担を付した場合であつてもその負担付贈与については六〇条一項一号にあたらないということになる。
このようなことは全く法の予定しないことであり、国民を納得させることはできないであろう。
これは贈与者がその負担によつて得る経済的利益の額の如何に拘らず六〇条一項一号の適用を認めないという原判決の結論が誤りであることを示している。
結論
以上にのべたとおり原判決は租税法律主義に違反し、法令の解釈を誤り、上告人らに苛酷な重税を課すものであつて、社会的正義に反するものであり、破棄されなければならない。
別紙 (本件課税標準およびその計算表)
①譲渡所得
file_13.jpg総収入金額
(本件売買契約の代金額)
58,740,288
file_14.jpg取得費
(履行引受にかかる債務の弁済額)
10,000,000
file_15.jpg
譲渡に要した費用
1,174,805
file_16.jpg短期譲渡所得の金額
(file_17.jpg-file_18.jpg-file_19.jpg)
47,565,483
file_20.jpg課税短期譲渡所得金額
(国税通則法118条1項適用) (注)
47,429,000
file_21.jpg
税額
25,590,235
②給与所得
file_22.jpg
給与所得の金額
400,000
file_23.jpg
所得控除額
535,510
file_24.jpg
税額
0
file_25.jpg
源泉徴収税額
8,500
③ 納付すべき税額
(file_26.jpg+file_27.jpg-file_28.jpg。国税通則法119条1項適用)
25,581,700
④ 過少申告加算税
382,400
(注)file_29.jpgからfile_30.jpg-file_31.jpgの残額をさらに控除したもの。